ブレッドボードラジオ電子工作の基礎知識

エミッタ接地増幅回路のシミュレーション (その1)

 電子回路シミュレーターソフトPSpice (OrCAD Family Release 9.2 Lite Edition) を使って、エミッタ接地増幅回路の動作についてシミュレーションしてみました。なお、「エミッタ接地増幅回路」というのは古い言い方だそうで、最近の本では「エミッタ共通増幅回路」となっています。

1. シミュレーション回路

 図1

 シミュレーションした回路は上記の通りです。2SC1815を使用した1石のエミッタ接地増幅回路で、バイアスは固定バイアスです。電源電圧VCCは6V、無信号時のコレクタ電流ICは1mAに設定しました。トランジスタのhFEは180、温度は25℃です。これは前項「トランジスタのバイアス回路のシミュレーション」に出てきた固定バイアス回路と同じです。

 カップリングコンデンサC1およびC2の容量は1F (100万μF) 、負荷抵抗RLの値は1GΩ (1000MΩ) にしました。非現実的な数値ですが、普通の値にすると私のレベルでは手に負えないやっかいな現象がいろいろ生じます。ここではトランジスタの基本的な増幅動作そのものを知るためにあえてこのように極端に大きな値にしてあります。この回路に信号電圧として10mVp-p, 1kHzの正弦波を加えたときの回路各部の電圧・電流波形を調べました。なお、信号源は定電圧交流電源なので内部抵抗は0Ωです (これがそもそも良くないのか)。

2. エミッタ接地増幅回路の動作

2-1. 入力電圧とベース電圧

 図2

 入力電圧の波形は上図の通りです。振幅は10mVp-p、つまり片側の最大振幅が5mVの交流電圧です。周波数は1kHzなので1サイクルは1mSになります。

 図3

 上はトランジスタのベース電圧の波形です。ベースにはあらかじめ614.9mVのバイアスがかかっていますので、これに最大値5mVの交流電圧を加えると、ベース電圧VBは614.9mVを中心として±5mV変化します。

2-2. ベース電流とコレクタ電流

 図4

 上がベース電流の波形です。ベース電圧VBが変化すると、それにともなってベース電流IBも変化します。ただ、プラス側の振幅は1.159μAなのに対し、マイナス側の振幅は0.957μAしかありません。

 図5

 コレクタにはIB×hFE分の電流ICが流れます。シミュレーションで設定したhFE値は180ですが、解析結果では177倍くらいの比率になりました。IBと同じくプラス側の振幅が大きい波形ですが、IBの完全な相似形というわけでもなさそうです。

2-3. なぜ上下の振幅が違うのか

 ベース電流とコレクタ電流の変化分が上下で違っているのは、別項「トランジスタの基本特性のシミュレーション」でみたようにIB-VBEのグラフが直線ではないからだと思います。それを確かめるため、下記のような回路でベース電圧VBを変化させたときのベース電流IBとコレクタ電流ICの変化を調べました。いちおうバイアス抵抗も付けておきましたが、これはあってもなくてもほとんど同じです。

 図6

 図7a

 上が解析結果のグラフです。コレクタに抵抗RC (3kΩ) が入っているため、基本特性のページのグラフとは少し形が違います。ICが2mAになるとコレクタ電圧が0Vになるので、ICはそれ以上増えません。また、IBのグラフもこの点を境に折れ曲がっています。

 図7b

 上記は第7図aのグラフのうち、今回の回路の動作点付近を拡大したものです。無信号時はグラフのIB0およびIC0、プラス側の最大信号のときがIB+とIC+、マイナス側の最大信号のときがIB-とIC-です。それぞれの点の電流値をグラフの下に記しました。先の波形図と一致していますね。

 このように、IBとICのグラフが直線ではないので、VBが同じ分だけ増減してもIBやICの波形は上下がいびつになるのだと思います。また、IBの波形とICの波形が同じ形にならないのは、ICの大きさによってhFEが変化するからではないかと考えています。

2-4. コレクタ電圧と出力電圧

 図8

 上はトランジスタのコレクタ電圧の波形です。ICが変化すればコレクタ電圧VCも変化しますが、ICが大きいほどコレクタ抵抗RCでの電圧降下が大きくなるので、ICの変化とVCの変化は上下が逆になります。教科書ではこの現象を「位相が反転する」と表現します。

 図9

 コンデンサで直流分をカットすると負荷抵抗RLの両端にVCの変化分だけが出てきます。これが増幅回路の出力電圧Voutです。入力電圧が10mVp-pなのに対して出力電圧は1123.2mVp-p (611.4mV+511.8mV) ですから、この回路の電圧増幅度は1123.2mV÷10mV=112.3倍ということになります。

2-5. 無信号時と最大信号時の電圧・電流

 下の図は、無信号時 (Vin=0Vのとき) 、及び上下の最大振幅のとき (Vin=+5mV, Vin=-5mV) の各部の電流・電圧を回路図に書き込んだものです。

 図10

3. FFT解析と歪率の計算

 上でみたように、この増幅回路では入力波形と出力波形の形が違っています。下の図は出力電圧Voutの波形を上下反転して入力電圧Vinの波形に重ね合わせたものです。ここではVinを電圧増幅度と同じ112倍した波形に重ねてみましたが、このように両側が同じ分だけ伸び縮みしているのかどうかはわかりません。

 図11

 入力信号と出力信号の形が違うというのは歪 (ひずみ) があるということです。PSpiceにはこの歪を解析するFFTという機能があります。出力電圧Voutの波形をFFT解析すると下のようなグラフが出ました。これはVoutの100サイクル分 (100mS) をFFT解析したものです。このグラフは、出力の中にどういう周波数成分がどれだけ含まれているかを表しています。

 図12

 入力信号は1kHzの正弦波ですが、出力には1kHz以外のいろいろな周波数成分があることがわかります。その中で目立つのが1kHzの整数倍の高調波成分です。グラフの右に、基本波 (D1) および高調波 (D2, D3, D4, D5) の電圧を記しました。D6以降もありますがわずかなので省略しました。グラフの下のほうで周波数に関係なく出ているのはノイズにあたる成分でしょうか。なお、私がPSpiceをちゃんと使いこなせていないせいか、各成分の電圧値はシミュレーションのたびに若干(数%程度) 違って出てきます。

 基本波に対する高調波の比率を歪率 (わいりつ、ひずみりつ) といって、オーディオアンプの製作記事や製品カタログではよく歪率何%などと記してあります。PSpiceでも歪率を計算させることができるのでしょうか。参考書を読んでみましたがやり方がわかりませんので、各周波数成分の値から自分で計算してみました。高次の成分まで入れると計算が大変なので、2次高調波と3次高調波 (今回の例では2kHzと3kHz) のみを対象として、上図右の式で計算した結果、歪率は4.47%と算出されました。

4. 参考文献

 この記事を書くにあたって、下記の書籍を参考にさせていただきました。