ブレッドボードラジオ電子工作の基礎知識

トランジスタの基本特性のシミュレーション

 電子回路シミュレーターソフト"PSpice" (OrCAD Family Release 9.2 Lite Edition) を使って、2SC1815の基本的な特性をシミュレーションしてみました。実際のトランジスタの特性をどこまで忠実に再現できるのかわかりませんが、実験の難しい温度特性などについてもだいたいの傾向を知ることができるので便利です。

1. PSpiceについて

 シミュレーションにあたっては、下記の文献を参考にしました。文献1には、電子回路シミュレーターソフト"PSpice"と回路図描画ソフト"Capture"の評価版が一体になった"OrCAD Family Release 9.2 Lite Edition"が収録されたCD-ROMが付属しています。この本とWindowsパソコンがあればすぐにシミュレーションを始めることができます。文献2と文献3にはもっと詳しい活用法が出ています。ただ、コイルやトランスを多用するラジオの回路のシミュレーションは難しそうです。

 手順としては、まずCaptureで回路図を描き、PSpiceで必要な設定をしてからシミュレーションを実行すると、解析結果がグラフで表示されます。直流での動作の解析はもとより、横軸を時間、縦軸を電圧にすればオシロスコープで観測したような波形が、また、横軸を周波数にするとスペクトラムアナライザで見たような図形が表示されます。カーソルを使ってグラフの各部分の数値を読み取ることも可能です。

2. ベース・エミッタ間電圧とベース電流の関係

 ベース・エミッタ間電圧VBEとベース電流IBの関係についてシミュレーションしてみました。トランジスタの教科書で「IB-VBE特性」と書かれているものです。

2-1. 温度の違いによるIB-VBE特性の変化

 図1

 まずはじめに、上記のような回路でベース・エミッタ間電圧VBEを変化させたとき、ベース電流IBがどう変わるかを調べてみました。IB-VBE特性は温度による変化が大きいので、温度を0℃, 25℃, 50℃の3通りに変えてシミュレーションしました。コレクタ・エミッタ間電圧VCEは6V、トランジスタのhFEは180です。結果は下のグラフのようになりました。

 図2

 左側のグラフは本でよく見かけるものです。VBEが0.6〜0.7Vくらいのところでベース電流が流れ始め、その後は電圧の変化に対し指数関数的にベース電流が増えていきますが、電流の大きいところでは増え方が緩やかになります。シミュレーションによるともっと低い電圧からほんのわずかに電流が流れ始めますが、グラフでは省略しました。また、VBEが同じでも温度が高いほどベース電流は大きくなります。右側のグラフは縦軸の目盛を対数に変えたもので、電流の少ないところの変化がよくわかると思います。

 PSpiceではグラフの各部分の数値をカーソルで読み取る機能があります。下に数値表を掲げます。1μA=0.001mA、1nA=0.001μAです。下右は同じベース電流値のときのベース・エミッタ電圧の比較です。これにより、温度が1℃変化するとベース・エミッタ電圧がどれだけ変化するかがわかります。本では約-2mV⁄℃となっていますが、PSpiceのシミュレーションではベース電流の大きさによってかなり変化します。もともとそういうものなのか、PSpiceのシミュレーションモデルのせいなのかは不明です。

表1a IB-VBE特性 (温度変化)
VBEIB
0℃25℃50℃
0.50V6.39nA62.9nA439nA
0.55V53.5nA441nA2.63μA
0.60V447nA3.07μA15.5μA
0.65V3.72μA20.7μA82.6μA
0.70V29.4μA120μA323μA
0.75V179μA445μA811μA
0.80V606μA1.02mA1.48mA
0.85V1.26mA1.74mA2.24mA
表1b 同じ電流値での比較
IBVBE変化率
0℃25℃50℃
10nA0.511V0.452V0.394V-2.34mV⁄℃
100nA0.564V0.512V0.459V-2.10mV⁄℃
1μA0.619V0.571V0.523V-1.92mV⁄℃
10μA0.673V0.631V0.587V-1.72mV⁄℃
100μA0.732V0.694V0.656V-1.52mV⁄℃
1mA0.832V0.799V0.765V-1.34mV⁄℃

2-2. hFEの違いによる IB-VBE特性の変化

 図3

 次に、同じ回路でトランジスタの電流増幅率hFEを変化させたとき、ベース電流IBがどう変わるかをシミュレーションしました。hFE値は120, 180, 270の3つを選びました。120の1.5倍が180、180の1.5倍が270という関係になっています。その結果が下のグラフなんですが、hFEが高いほどグラフが下にずれます。つまり、同じVBE値で比べると、hFEが高いほどIBが流れにくくなるということです。電流が少ないところではだいたいhFEに反比例しているようですが、電流が大きくなるにつれてhFEによる差が小さくなります。

 図4

表2 IB-VBE特性 (hFE変化)
VBEIB
hFE=120 hFE=180 hFE=270
0.50V94.4nA62.9nA41.9nA
0.55V660nA441nA294nA
0.60V4.59μA3.07μA2.05μA
0.65V30.5μA20.7μA14.0μA
0.70V165μA120μA85.4μA
0.75V547μA445μA354μA
0.80V1.16mA1.02mA884μA
0.85V1.90mA1.74mA1.59mA

3. ベース・エミッタ間電圧とコレクタ電流の関係

 ベース・エミッタ間電圧VBEとコレクタ電流ICの関係についてシミュレーションしました。ベースに定電圧電源をつないだときと定電流電源をつないだときの2通りの設定で解析してみました。

3-1. 温度の違いによるIC-VBE特性の変化

 図5

 上は、第1図と同じ回路で電流計をコレクタにつなぎ、ICを測定するものです。これも温度設定を3通りに変えてシミュレーションしました。結果は下の第6図の通りです。これも縦軸が直線目盛のものとログ目盛のものの2種類示します。

 図6

 グラフはIB-VBE特性と同じような形になります。下右の表3bは、今回の解析で得られたICの値を表1aのIB値で割り算したもので、直流電流増幅率hFEを表しています。シミュレーションで設定したhFE値は180ですが、VBEが高くなってICが大きくなるにつれてhFEが小さくなることがわかります。

表3a IC-VBE特性 (温度変化)
VBEIC
0℃25℃50℃
0.50V1.05μA12.0μA95.5μA
0.55V8.75μA83.6μA571μA
0.60V73.1μA581μA3.32mA
0.65V606μA3.88mA16.9mA
0.70V4.72mA21.0mA57.6mA
0.75V26.6mA67.2mA122mA
0.80V76.5mA129mA187mA
0.85V136mA191mA250mA
表3b VBE対IC⁄IB
VBEIC⁄IB
0℃25℃50℃
0.50V164190218
0.55V164190217
0.60V163189215
0.65V163187204
0.70V160176178
0.75V148151150
0.80V126127127
0.85V108110111

3-2. 温度の違いによるIC-IB特性の変化

 図7

 上の表3bを見ると、hFE値は温度によっても変化しています。これを確かめるため、第7図のようにベースに一定の電流を流してICを測定してみました。解析結果を下に掲げます。

 図8

 上の3本のグラフの間隔が温度によるhFE値の変化を表しています。それほど大きな変化ではありませんが、温度が25℃上昇するとhFEが15%くらい増加します。数値表を下に示します。

表4a IC-IB特性 (温度変化)
IBIC
0℃25℃50℃
1μA162μA188μA216μA
5μA812μA942μA1.08mA
10μA1.62mA1.88mA2.16mA
50μA7.93mA9.16mA10.5mA
100μA15.4mA17.8mA20.2mA
500μA65.3mA73.9mA82.7mA
1mA114mA127mA141mA
表4b IB対IC⁄IB
IBIC⁄IB
0℃25℃50℃
1μA162188216
5μA162188216
10μA162188216
50μA159183209
100μA154178202
500μA131148165
1mA114127141

 下の第9図は上の表4bをグラフにしたものです。

 図9

3-3. hFEの違いによるIC-VBE特性の変化

 図10

上の回路は、hFEを変えたときIC-VBE特性がどう変化するかを調べる回路です。シミュレーション結果のグラフと数値表を下に掲げます。

図11
表5 IC-VBE特性 (hFE変化)
VBEIC
hFE=120 hFE=180 hFE=270
0.50V12.0μA12.0μA12.0μA
0.55V83.5μA83.6μA83.6μA
0.60V579μA581μA582μA
0.65V3.80mA3.88mA3.93mA
0.70V19.4mA21.0mA22.4mA
0.75V56.9mA67.2mA77.7mA
0.80V105mA129mA157mA
0.85V152mA191mA237mA

 同じVBE値で比較した場合、ICの大きいところは別にして、普段よく使うであろうICが数十mA以下の領域では、hFEが変わってもICはほとんど変化しません。先にみたようにhFEが大きくなるとベース電流が減るので、結果としてICの差があまり目立たなくなるのだと思います。

3-4. hFEの違いによるIC-IB特性の変化

 図12

 第12図は、ベースに定電流電源をつないで同じ解析を行ったものです。この場合は当然のことながらhFE値にほぼ比例してコレクタ電流が大きくなります。解析結果のグラフと数値表を下に掲げます。

図13
表6 IC-IB特性 (hFE変化)
IBIC
hFE=120 hFE=180 hFE=270
1μA127μA188μA284μA
5μA631μA942μA1.41mA
10μA1.26mA1.88mA2.82mA
50μA6.18mA9.16mA13.5mA
100μA12.1mA17.8mA25.9mA
500μA52.6mA73.9mA102mA
1mA93.2mA127mA172mA

4. コレクタ・エミッタ間電圧とコレクタ電流の関係

 コレクタ・エミッタ間電圧VCEを変化させたとき、IC-IB特性がどう変わるか調べました。ベースには定電流電源をつなぎます。hFEは180、温度は25℃です。

 図14

 図15

 上がシミュレーション結果のグラフです。右はコレクタ・エミッタ間電圧VCEが低い領域を拡大したものです。VCEがうんと低いときはコレクタ電流ICが十分に流れませんが、VCEが0.3Vくらいより上ではほぼ一定のIC値になります。ただ、PSpiceのシミュレーションではICの平坦さが強調されすぎているきらいがあります。2SC1815のデータシートのIC-VCE特性グラフでは、もう少し右上がりに傾いています。

 グラフ各点の電流値を下に示します。

表7 IC-VCE特性
VCEIC
IB=1μA IB=10μA IB=100μA IB=1mA
0.05V18.0μA179μA1.69mA11.4mA
0.1V86.3μA849μA7.40mA36.0mA
0.15V156μA1.54mA13.8mA66.6mA
0.2V175μA1.74mA16.3mA95.0mA
0.3V179μA1.78mA16.8mA119mA
0.5V180μA1.78mA16.8mA121mA
1.0V181μA1.79mA16.9mA121mA
3.0V184μA1.83mA17.3mA124mA
6.0V190μA1.88mA17.8mA127mA
9.0V195μA1.94mA18.3mA131mA
12V201μA1.99mA18.8mA135mA

 IBを一定値にしているにもかかわらず、VCEの低いところでICが減るということは、この部分ではhFEが小さくなっていると言えます。下の第16図は、IB=100μAのときのVCEとIC⁄IB (=hFE)の関係を表したものです。hFEの設定値は180ですが、VCEが0.3Vくらいないと180になりません。(訂正。IBが比較的大きいので、グラフが平坦になるところのhFEは170くらいですね。目盛を読み違えていました。すみません。2008年2月15日。)

 図16

(以下、2008年1月29日に追記。)

5. データシートとの比較

 PSpiceでのシミュレーション結果を東芝のデータシートに載っているグラフと比較してみました。IB-VBE特性、hFE-IC特性、IC-VCE特性の3種類について比較しました。データシートでは測定サンプルのhFEが不明ですが、一部のグラフからは約130と読み取れるので、PSpiceの解析もhFE=130でやってみました。

5-1. 温度の違いによるIB-VBE特性の変化

 ベース・エミッタ間電圧VBEとベース電流IBの関係を表すグラフです。測定回路は上の第1図と同じです。温度は-25℃, 25℃, 100℃の3通りに設定します。下図左がデータシートのグラフ、右がPSpiceのシミュレーションです。スケールを同じにしたので比較しやすいかと思います。ベース電流の少ないところではPSpiceのグラフの方が傾斜が少し緩やかになっていますが、だいたい合っているように思います。

 図17

5-2. 温度の違いによるhFE-IC特性の変化

 温度によってhFEがどう変化するかを表すグラフです。温度設定は上と同じく-25℃, 25℃, 100℃の3通りです。回路は第7図になりますが、まずIC-IB特性のグラフを出し、そのあと縦軸をIC⁄IBに、横軸をICに変換しました。データシートのグラフとシミュレーション結果のグラフを下に示します。

 図18

 hFEが平坦な部分の温度による変化はよくシミュレーションできているようですが、コレクタ電流が多いところでのグラフの下がり方に差があります。データシートではVCE=1Vのグラフも出ています。これもシミュレーションしたのですが、VCE=6Vのグラフよりわずかに下にずれる程度でした。やはりこの部分がうまく解析できないようです。

5-3. VCEの違いによるIC-IB特性の変化

 コレクタ・エミッタ間電圧VCEを変えたときのIC-IB特性の変化を見るグラフです。測定回路は第14図になります。結果を下に掲げます。

 図19

 うーん、これはずいぶん違いがありますね。シミュレーションではVCEが低いところでICが減る (hFEが低下する) ようすが表現できていません。データシートのグラフは滑らかな曲線ですが、PSpiceのグラフは急激に立ち上がり、そのあとカックンと曲がってあとは平坦です。シミュレーションの設定が間違っているんでしょうか。