電子回路シミュレーターソフトPSpice (OrCAD Family Release 9.2 Lite Edition) を使って、2SC1815のバイアス回路の動作についてシミュレーションをしてみました。コレクタ電流ICを1mAに設定し、周囲温度Taや直流電流増幅率hFE、電源電圧VCCの変化に対するICの安定度について調べました。なお、前項「トランジスタの基本特性のシミュレーション」ではhFEの設定値を120, 180, 270としましたが、今回は2SC1815-Yを想定して120, 180, 240の3つにしました。また、バイアス抵抗の計算方法についても簡単に記しました。
バイアス抵抗を使う回路を調べる前に、ベース・エミッタ間に定電圧電源をつないだ回路をシミュレーションしました。VCC=6V、hFE=180、Ta=25℃のときコレクタ電流ICが1mAになるようにベース電圧を調整しました。hFEを180に固定して温度を0℃, 25℃, 50℃に変化させたとき、および温度を25℃に固定してhFEを120, 180, 240と変化させたときの回路各部分の電圧・電流値は下記の通りです。
前項で調べたように、VBEを一定にするとICは温度によって大きく変化します。一方、hFEの変化とベース電流IBの変化は逆方向なので、hFEを変えたときのICの変化はごくわずかです。
ベース・エミッタ間に定電流電源をつないだ場合のシミュレーション結果も掲げておきます。これもhFE=180、Ta=25℃のときコレクタ電流ICが1mAになるようにベース電流を調整してあります。解析条件も上と同じです。hFEの大きさにほぼ比例してICが変化します。またhFE自体も温度によって少し変動します。
最初に、最も簡単な固定バイアス回路について調べました。まずバイアス抵抗の計算方法について書きます。計算の前提条件として、電源電圧VCC、コレクタ電流IC、およびトランジスタのhFEをあらかじめ決定しておく必要があります (これを決めるまでがけっこう大変なんだけど)。
回路図は上記の通りです。ベース・エミッタ間電圧VBEを0.6Vとした場合、バイアス抵抗RBは次の式で求められます。
VCCが高い場合 (6V以上のとき) はVBEを無視して次の式で計算しても大差ありません。
コレクタ抵抗RCは、トランジスタのコレクタ電圧VCが電源電圧VCCの半分になるようにすると、最も高い出力電圧が得られます。
コレクタ電流が1mAになるようなベース抵抗をつなぎ、回路状態が変化したときのICの安定度を調べました。シミュレーションの設定は下記の3種類です。
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温度が25℃変化するとコレクタ電流は15%ほど変化します。本を見ると、固定バイアスは温度による変動が大きいので実用にならないと書いてありますが、シミュレーション結果で見る限り、言うほど悪くもないという印象です。コレクタ電流を数十mAに増やしても同じような傾向でした。しかし実際のトランジスタでは、コレクタ電流を大きくするとトランジスタ自身の発熱によってVBEが低くなり、それによってさらにコレクタ電流が増えるという悪循環におちいるおそれがあるとのことです。そこまでシミュレーションできているのでしょうか。
一方、hFEのばらつきはそのままICの違いとなって現れますので、個々のトランジスタに合わせてRBを調整する必要があります。また、電源電圧が変化すると、同じくらいの割合でコレクタ電流も増減します。
次に自己バイアス回路について調べました。本によっては電圧帰還型バイアスという名前で紹介されています。コレクタの負荷を抵抗にして、この抵抗を通ったところからバイアスをかける方法です。
自己バイアス回路ではコレクタの負荷を抵抗にする必要があります。トランスやコイルではだめです。まずRCを決めます。固定バイアスのときと同じ式です。
次にバイアス抵抗RBを計算します。
RCでの電圧降下がVCCの半分ならば、RBの値は固定バイアスのときの約2分の1になります。
固定バイアスのときと同じくコレクタ電流を1mAに設定したときのシミュレーション結果を掲げます。
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温度によるICの変化率は約7%と、固定バイアスに比べてかなり改善されました。また、hFEが33%変化してもICの変化率は12〜18%程度にとどまっています。この回路では、何らかの原因でコレクタ電流が増えるとコレクタ電圧が下がるので、自動的にバイアスを調節する作用があります。
電流帰還バイアスは、温度変化に対してもhFEのばらつきに対しても安定な回路として知られています。しかし抵抗を3本も使うので計算は少し面倒です。
電流帰還バイアス回路の計算では、まず最初にエミッタ抵抗REを求めます。温度変化の範囲 [±℃] とそれに伴うICの変化率 [%] の関係は下記の式で表されます。この式では、温度が1℃上昇するとトランジスタのVBEが2mV低下すると仮定しています。
屋内で使用する機器の場合、温度変化は0℃〜50℃くらいにみておけばよいでしょう。25℃を基準とすると±25℃の変化です。この範囲の温度変化に対して、ICの変化率を5%以内に抑えることにすると、上の式は次のようになります。
この式の分子の「1V」は、エミッタ電圧VEを表しています。つまりエミッタ電流 (≒コレクタ電流) によってREに発生する電圧です。この電圧を大きくするほどバイアスは安定しますが、そのぶん信号の増幅に使える電圧が減るので、VCCの10%程度に設定する場合が多いです。ただし最低でも0.5Vくらいないと、このバイアス回路を採用する意味がありません。
REが決まったら次にRB2を計算します。計算式は下記の通りです。
この式は、回路図のIA、つまりRB1に流す電流をベース電流IBの10倍にするという設定です。RB2に流れる電流はIBの9倍です。これくらい流しておかないと安定しません。IAをもっと増やす (分母の9を大きくする) とさらに安定しますが、RB1とRB2 (特にRB2) を小さくしすぎると、回路の入力インピーダンスが下がってAC信号の増幅度が低くなります。本を見ると、IAは最大でもIBの30倍程度にとどめるようにと書かれています。
固定バイアス回路や自己バイアス回路では、トランジスタのhFE値はあらかじめ実測しておくか、回路を組んでからRBを調整する必要があります。一方、電流帰還バイアス回路はhFEのバラツキを吸収する機能を持っているので、上の式に代入するhFEはアバウトでかまいません。たとえば2SC1815-Yを用いる場合は、hFEの範囲が120〜240ですから、中間の180で計算しておけば大丈夫です。
RB1はベース回路の電圧の比例配分によって求められます。
(追記 : 2008年2月15日)
上記の式でRB1を計算してシミュレーションしてみると、コレクタ電流が少し低目に出ます。なぜだろうと考えたら、RB1に流れる電流とRB2に流れる電流の大きさが違うからだと気がつきました。よって、RB1を求める式は下記のようにしたほうが設計値に近くなると思います。
(追記ここまで)
RCはトランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧が「VCC−VE」の半分になるように決めます。
ここでは直流でのバイアスの安定度だけを問題にしていますが、ラジオなど交流信号の増幅においては、出力電圧や増幅度、入出力インピーダンスなどを考慮しなければなりません。上にも書いたように、これらとバイアスの安定度は両立しない場合があります。
IC=1mAでの安定度を調べました。ここではVEが1V、IAがIBの10倍になるように各バイアス抵抗値を定めました。
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温度が25℃変化してもICの変化率は6%未満です。またhFEの変化に対しても非常に安定しています。なるほど優秀な回路ですね。温度に対する安定度は上の計算式とだいたい合っているようです。ただ電源電圧の変化に弱いのが気になります。シミュレーションでは、VCCの10%の変化に対しICは15パーセントも変化しています。
上記「バイアス抵抗の計算」では、なるべく手間を省くためhFEは中間値で計算しておけばよいと書きました。この場合、最悪のケースでどれくらいICが変動するでしょうか。hFE=180、Ta=25℃でICが1mA流れるように設計した回路で、hFE=120、Ta=0℃になった場合、およびhFE=240、Ta=50℃になった場合をシミュレーションしてみました。
上図左の状態でICの変化率は−12%、右の状態では+9%でした。Taによる変動分とhFEによる変動分を合わせたくらいの変化があります。これらは最悪のケースを想定したもので、実際の回路でここまで設計値とずれることはほとんどないと思います。とはいえ、電流帰還バイアスといえどもある程度hFE値を把握しておいた方がいいのかもしれません。
電流帰還バイアス回路ではエミッタ抵抗REの両端の電圧VEが高いほどバイアスの安定度が増します。上記はVE=1Vでしたが、これを0.5Vにしたらどうなるかやってみました。IA=10IBという条件は同じです。シミュレーション結果を下に示します。
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VE=0.5Vにすると、温度に対するICの安定度は自己バイアス回路より悪くなりました。でもhFEのバラツキに対してはよく安定しています。やはり電流帰還バイアス回路ではVE=0.5Vあたりが最低ラインだと思います。それと、この回路では電源電圧の変化に対するICの変化率が先の回路よりさらに悪くなっています。
電流帰還バイアス回路では、VEの大きさだけでなく、IAの大きさ、つまりRB1とRB2に流すブリーダー電流の大きさもバイアス安定度に影響を与えます。これまでのシミュレーションではIAをIBの10倍にして解析しましたが、ここでは5倍に設定して安定度がどれくらい悪くなるか調べました。VEは1Vです。
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温度に対する変動率は6%台、自己バイアスと同じくらいです。またこの回路ではhFEの変化に対する安定度の悪化が目につきます。
固定バイアスでエミッタに抵抗が入っている回路をたまに見かけます。下記参考文献2ではこれを「電流帰還バイアス」としています。この本では上の回路は「電圧分割型バイアス」という名前になっていました。そもそも「固定バイアス」とか「自己バイアス」といった言い方は初心者向けの、それもどちらかと言うと古い本によく出てきます。最近の本ではこういう用語をあまり目にしません。と言うか、はじめから電流帰還バイアス回路しか載っていないことが多いです。
電流帰還バイアス回路と同じく、エミッタ電圧を1Vとしてシミュレーションしてみました。結果は、固定バイアスと自己バイアスの中間くらいの安定度でした。
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自己バイアスでエミッタに抵抗が入っている回路もシミュレーションしてみました。ついでのつもりだったのですが、意外といい数字が出ました。自己バイアスより優秀です。
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この記事を書くにあたり、下記の書籍を参考にさせていただきました。